映画『抱きしめたい』ビートルズ、ああビートルズ、ビートルズ!
ビートルズがアメリカにやって来た! そして女の子たちの冒険が始まった!
こんな人にオススメ!
- もちろんビートルズ・ファン
- アンチ・ビートルズ・ファン
- ビートルズを知らない世代に
- 最近、音楽映画のファンになった人
どんな映画?
制作総指揮をスピルバーグ、この作品が監督デビューとなるロバート・ゼメキス。
二人のコンビネーションがピッタリ合った、1978年の映画。
後に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を作る礎となった作品でもある。
全編にビートルズ・ナンバー(しかもオリジナル!)が流れる奇跡のようなコメディ映画と言える。
▶︎▶︎︎︎︎︎︎︎︎▶︎ 1964年2月、ビートルズはコンサートとTVに出演するためにアメリカに初上陸した。
ニューヨークで「エド・サリバン・ショー」に出るために、彼らはプラザホテルに宿泊していた。
それを知って、ニュージャージーに住む女学生の4人は、彼らの止まっている部屋に侵入して写真を撮りたいと考えた。
ビートルズが大好きな女の子が二人、アンチ・ビートルズが一人、ビートルズより、間近に結婚を控えてそれどころじゃ無い子が一人、それに運転手役の男の子(無免許…)が一人、途中で加わるアンチ・ビートルズの男の子の、計6人がニューヨークに着いた時、プラザホテルはファンの女の子と警備の警察で溢れかえっていた。
彼女たちは、厳重な警備をすり抜けて、彼らの部屋にたどり着くのか?
後半は、「エド・サリバン・ショー」の入場券を巡って、騒動が繰り広げられる。
ラストは意外な形のオチが待っている……。
「ああ、ポールのベースだわ」って、それほどファンじゃなかっただろう……。
見所&解説
見所はズバリ、本物が出演しているかのような演出!
なんて面白い映画なんだろう!
手を替え品を替え、ビートルズの曲を使った映画は数あれど、その殆どは、他のアーチストによるカバー曲だ。
オリジナルを使った作品もあるが、『ノルウェイの森』とか、『悪霊島』など1〜2曲程度に過ぎない。
ところがどうだ、この作品は、オープニングの『抱きしめたい』から、エンドクレジットに流れる『シー・ラブス・ユー』まで全17曲がオリジナル、もう奇跡としか言いようがない作品だ。
単純にビートルズを崇拝する映画とは違って、アンチ・ビートルズ側の視点も描かれていて、噂に聞いた(髪の毛が長い! とか、女が聴く音楽だ、ボブ・ディランの方が凄い! とか)ヘイト運動も生々しく見ることが出来る。
若き日のナンシー・アレン演じる女の子は、結婚を間近に控えていたが、このビートルズ体験によって、結婚に対する考え方が変わり、人生が変わって行く姿も描かれている。
ビートルズによって、人生が変わった! と言う人って、世界中にどれだけいるんだろうか……。
これが監督デビュー作となるロバート・ゼメキス、その演出が抜群だ。
オープニングでビートルズのメンバーが、ケネディ空港に到着し、本物の映像が流れるので、本編では彼らの顔が一切出なくとも、手や足、後ろ姿を写すだけで充分彼らに見えてしまう。
さらに、「エド・サリバン・ショー」に出演した後半のエピソードでは、スタジオでビートルズ役の4人が演奏している、その姿を遠目で見せ、モニターには本物がショーに出た時の映像を流す。
このモニター映像と、スタジオ演奏の仕草がぴったりシンクロしているので、臨場感がメチャある。
ラストは、誰もが笑顔になるサプライズな演出が待っているのもいい!
当時を知らない僕が、まるで体験したかのような錯覚に陥る素晴らしい映画だ。
たった一日の出来事で、人生が変わって行く彼女たちの青春の1ページ。
ビートルズを知っている世代だろうが、知らない世代だろうが、この映画を見逃すなんて、損しかないのだ。
○○○+○ エキストラボール
● 『悪霊島』(1981)で使われた『レット・イット・ビー』と『ゲット・バック』は、公開当時こそビートルズの曲だったが、ソフト化にあたってはすでに版権が切れていたので、『レット・イット・ビー』はレオ・セイヤー、『ゲット・バック』はビリー・プレストンに変わっていた。
● この映画が制作されたのは1978年だが、日本で公開されたのは、1981年、ジョン・レノンが暗殺された直後だった。
● ビートルズが解散して50年近くなるが、いまだに彼らの影響は凄いものがある。
誰もビートルズを知らない世界に迷い込んだ男の物語を映画いた話題の『イエスタデイ』は公開されるは、アルバム『アビー・ロード』の制作50周年記念盤発売で、ファンは当然、マスコミも盛り上がっています。(特にラジオで)
● ビートルマニアを演じたウェンディ・ジョー・スパーバーと言う女優さん、どっかで見たなと思って調べたら、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、マイケル・J・フォックスのお姉さん役だった人だ。残念ながら、2005年、47歳と言う若さで亡くなられていた。
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