平成ガメラ・トリロジー1 『ガメラ:大怪獣空中決戦』

どーも、ロッカリアです。

昔、特撮っ子だった大人向けに作られた、本気モード全開の特撮映画の金字塔!

スクリーンショット 2019-05-18 15.25.11

全ては、観客を驚かせ、喜ばせるために作られた映画、それが『平成ガメラトリロジー』です。
え? 「怪獣映画なんて、所詮子供向けの映画だろ?」ですって?

つまり、「怪獣映画」=バカバカしい、と言う認識なんですね?
確かに、怪獣が唐突に現れ、街を破壊しまくる、と言う構図は、日本人なら特に「ウルトラマン」や『ゴジラ』シリーズで散々見て来たシチュエーションで、一部の作品を除くと、確かに子供向けと言う印象が強いですね。
さて、それを承知の上で、『ガメラ』を蘇らせたのが金子修介のチームでした。

CGの怪獣を大スクリーンで表現したいがために、なんの脈絡もなしに、言い換えると深い理由や意味が無いのに作っちゃう、と言うのが悪しき怪獣映画と言えるんじゃ無いでしょうか。
言い換えると、ハートに響かない怪獣映画。

例えば『パシフィック・リム』
オタク監督が作り出した怪獣と巨大ロボットの戦いは、親子の絆も描き、感動的に仕上げ、大迫力の戦闘シーンを見せて絶賛を浴びましが、個人的ですが、どこか子供向け、に感じました。
と言うのも、怪獣の登場がやっぱり唐突で、「そんな時代」と言うことで済まされている。
この映画において、怪獣の存在にはあまり意味が無いのだ、怪獣映画なのに。
最近では『ランペイジ:巨獣大乱闘』もそうだ。
ゴリラやワニが巨大化する理由が、いかにもアンチョコだ。
DNA操作をすれば、なんでも作れちゃう時代で、とにかく怪獣が街中で戦い、大暴れする姿を見せたいのだ。

これは意味付けが逆のように感じてしまう。
巨大な怪獣がどうして現れ、何故暴れるのか?

初代『ゴジラ』は原爆の影響を受けた古代生物が蘇り、人類・文明に復讐をする、と言う構図だ。
『キング・コング』は、文明から隔離された孤島に太古から、恐竜とともに生息していた巨大ゴリラと探検隊が遭遇する。
怪獣とは少し違うかも知れないが、巨大生物には存在理由があるのだ。
ガメラ1
まず、ガメラ・トリロジーの第1作『ガメラ:大怪獣空中決戦』はどうか?
怪鳥ギャオスが登場するが、こいつは古代に作られた生物兵器だったが、制御が効かなくなり、自己増殖をするようになってしまった。
そのギャオスを倒すためだけに作られたのが、同じ生物兵器のガメラ、と言う構図だ。
昭和ギャオスと違って、ヌルヌル感いっぱいのギャオスは生物感満載だし、ガメラの顔も昭和と違いキツイ印象で、作品を重ねるごとに強調されて行く。
ギャオス
ギャオスは成長過程で共食いもするし、メスしかいないが、ミツバチのように単為生殖すると言った細かい設定で、リアリティが追求された。
ただ怪獣を見せただけに終わらず、見せるにはどうすればいいのか、どうすれば観客が納得するのかを考え抜かれた平成の特撮映画なのです。
東京タワーにギャオスが巣を作ったシーン。
子供時代に特撮を見まくった我ら世代の多くは、このシーンを見て溜飲を下げたに違いないでしょう。
スクリーンショット 2019-05-18 20.21.51

ただ、記事のトップに上げた映画ポスターだけは、子供っぽい図柄、じゃないでしょうか……。

つづく。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする